近代修養の巨人、常岡一郎師の中心思想を学びます。 


by ryukoin

心が主体

笑った声、どなりつけた声、悲しく泣く声
みな違っている。
同じ人、同じ喉、同じ声帯から出る声である。
それが全く別々の声になる。
心の持ち方、心のあり方が違っているからである。
人間は心が主体である。

人の心は姿が無い。形が無い。
だから直接見ることはできない。
だが人の心はすぐわかる。
そのためにはその人の顔を聞け。その人と話せ。
その人の行為を見つめよ。
人相、手相、姿を見よ。
そのすべての中に、ありありとその人の心が映っている。
あくまで人は心が主体である。

『心のせいじん』より
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by ryukoin | 2006-08-14 07:56 | 中心の言葉から