近代修養の巨人、常岡一郎師の中心思想を学びます。 


by ryukoin

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自然の裁き

人は目の前の出来事にとらわれやすい。
表面的な世の中の移り変わりに心をとらわれやすい。
そのためにもっと大きい。もっと正しい。
偉大な力のあることを忘れがちである。

この世は偉大な大自然の裁きがある。
整理がある。天地の運行がある。

その自然の力と働きを計算に入れることを忘れやすい。
この大切なことを忘れて、前途の計画をたてようと
するから当てがはずれる。思い違いもはなはだしい。

これが後で芽の出ない行き詰まりを生む。
不運に泣く原因となっている。
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by ryukoin | 2006-11-30 09:43 | 真理への憧れ

『中心をめざして』④

人間は自分の心を人に知って貰うために話す。
心を知って貰うほどうれしく、心の安らかなることはない。

不平に充ちた人、世を呪う人ですら、よくその心を汲みだせる。
聞いて理解してやれば安らかになる。

心を知って貰う嬉しさを思えば、それはまた、
真実の親さまの心をしるためにつとめねばならなくなる。

そうした宇宙の親なる大きい慈悲と、
理の心を知らねばならぬ時代が歩みよってきた。
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by ryukoin | 2006-11-28 08:13 | 中心をめざして

『中心をめざして』③

いま見る雑然たる社会、人生の中に、いま聞こえる人の声、
社会の中にじっと見つめれば、そこに正しい統一を見出すのである。

正しく、注意深く動いて止まぬ偉大なものの温かい手を、
人は感じるのではないか。

呪い、煩い、あせる人々よ、それはあなたの見つめ方が浅く、
皮相であるのではないだろうか。
心が乱れているのではないだろうか。
こう教え導く声が聞こえてくる。

心の眼を開くとき、この世はあまりにも安らかな親心に包まれた不断の楽園である。

人間が誤解と、自棄と、呪いと、恨みと、焦燥を投げつけて行く時も、じっと永遠の手を伸ばし、慈愛の子守唄を口ずさむ母の声が、心の耳に入ってくるのである。
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by ryukoin | 2006-11-27 20:37 | 中心をめざして

きわまれば転じる

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流転 終点 大晦日

極まれば 即ち 転ず
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by ryukoin | 2006-11-26 20:05 | 日訓カレンダー

常岡先生近影

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常岡一郎先生近影
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by ryukoin | 2006-11-25 22:49 | つれづれ