近代修養の巨人、常岡一郎師の中心思想を学びます。 


by ryukoin

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人間は他人の事に気を使い過ぎる。
そのくせ自分の欠点に気づかない。
反省する美しさが少ない。
どんなに鼾(いびき)の大きい人でも、
自分の鼾を自分で聞く事は出来ない。

録音してもらって、目が覚めてから聞く他は無い。
自分の目に一番近いのが自分の顔である。
しかし、どんな人でも自分の顔の本物を見た人はいない。
鏡に映った顔をみるだけである。
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by ryukoin | 2007-03-28 08:15 | 鏡ー生きるための反省

どうも変だ 快適の理②

糸がゆるむ。
琴も三味線もバイオリンも快適な音は出ない。
変な音になる。どうしても糸は張り切らねばならない。
はりきった後に快適な調子が出る。
高低の変化も生まれる。
音の妙味が出てくる。

人間の心がゆるむ。
そこに調子の悪さが生まれる。
一切の出来事は心の鏡である。
面白いほど調子よくなりたいと願う。
それなら心をいら立たせないこと、
明るく豊かに張り切っておくことである。

心のはりは生活のはりから生まれる。
仕事の片付け方、運び方の良否から生まれる。
あくまで心の調整を快適に保つ。
これが人間、快い運命の基本となる。
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by ryukoin | 2007-03-27 07:20 | 鏡ー生きるための反省
おかしい。どうも変だ。テレビの映りが悪い。
こういう時はきっと中に悪いところがある。
無理なところがある。
その場合、そのままではすてておかない。
どこだろう。なぜだろうと研究する。調べる。
ついに悪いところが見つかる。それを直す。
快適に成るまで直す。

これがテレビ、自動車、飛行機の場合である。
物理、科学の世界である。
どんな小さな狂いも見逃さない。無理も許されない。
これが学問、発明の世界である。
この1つ1つの正確さが永年つみ重ねられた。
そこに文明のめぐみは花咲き実った。

ところが運命の世界はそうではない。どうも変だ。
することなすことが食い違う。
訪れた人が留守、帰りに電車に乗り遅れた。
今日はついていないと立腹する。
暗い心でいらいらする。

それでは反省がたりない。研究もたりない。
変だ変だで済ます。
それではたしかな積み重ねにならない。
この不確実を幾年も積み上げる。
そこに運命の計算の狂いが生まれる。
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by ryukoin | 2007-03-26 16:07 | 鏡ー生きるための反省

NPO 法人 中心大学

中心会の有志で作られた中心大学が
NPO 法人になりました。


NPO 法人 中心大学HP
http://homepage2.nifty.com/chushin/

これから、常岡先生の教えがより世の中に広まることでしょう。
活動などは上記HPをご参照ください。


◎現在、再刊して入手できる常岡先生の著作
NPO法人 中心大学 HP参照 ↓
http://homepage2.nifty.com/chushin/Library.htm 

「闘病の五千日」
「運命をひらく心」
「たましいと心」       
「心のせいじん(成人)」    
「常岡一郎選集(1)~(10)」
「生き方考え方」
http://homepage2.nifty.com/chushin/ikikata/
ikikata_kangaekata.txt
↑で『生き方 考え方』の一部が閲覧できます。

他に中心百巻が第二と第四集がある。
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by ryukoin | 2007-03-06 21:59 | つれづれ

順応の構え②

春の次は夏ときまっている。

12月は寒くなることは8月からわかっている。

なまけもの、無精者は現在に執着している。

サラサラと流れる水のようにさわやかでありたい。

この飾りの無い心のはこびが、順応の構えである。
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by ryukoin | 2007-03-03 09:19 | 中心の言葉から