近代修養の巨人、常岡一郎師の中心思想を学びます。 


by ryukoin
コップがある。
ビールが満たされている。
しかし、手や指がはなれている。
指とコップの間に隙間がある。
親しみがたりない。
それではコップは自由に動かせない。
ビールを自由に飲むことができない。
隙間の無い親しみが自由の許される唯一の道である。

人間の心と心が結び合う。
隙間なく溶け合う。
理解し合う。
これがすべての幸せのもとになる。
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# by ryukoin | 2007-05-18 20:42 | 鏡ー生きるための反省
結婚した。
しかし、背中あわせ。
身と心に隙がある。
夫婦が親しめない。
一体になれない。
それでは新しい生命は生まれてこない。

大地の水、大気の日光、
この陰陽が調和する。
そこに草や木のいのちが許されている。
いのちを生むのもまた親しみである。

つづく
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# by ryukoin | 2007-05-16 09:07 | 鏡ー生きるための反省
バナナがほしい。それならまず果物屋に行く。
先方の好きなお金を差し上げる。
それから自分のほしいバナナが与えられる。
ほしいものを得たい。そのときいくら願っても無駄。
まず先方の好きなことをする。
それから自分のほしいいものが与えられる。
これが順序である。

いのちと力がほしい。
自由自在の許しがもらいたい。
こう願うならまず大自然の好きなものを差し出すほかはない。
それは親しみあい、とけあいである。

つづく
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# by ryukoin | 2007-05-13 10:13 | 鏡ー生きるための反省

いのちと力 自由自在②

銀行員は毎日、幾千幾億の金を使う。
しかし、これは他人の金、預かった金である。
自由に使うことは出来ない。使ったら大変である。
責任のみ重くて自由に使えない金は
よろこびより疲れが先に出る。
たとえ少なくても自由に使える月給のほうが
はるかに有り難い。
自由のついていない幾千万より自由の許しをもった
数万円が有り難い。

人間の幸福の基本は、いのちと力と自由である。
だから、どうしたらいのちが生まれるか。
力を生むものは何か。
自由自在の許される源はどこにあるのか。
これをはっきり摑む。それを守り抜く。
そこに全心全力をつくす。
こんな人が願わずとも幸せをたのしむ人ではあるまいか。
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# by ryukoin | 2007-04-24 07:53 | 鏡ー生きるための反省

いのちと力 自由自在①

人にとって一番ほしいものは、
いのちと力と自由自在ではあるまいか。

殺すといわれたら顔色がかわる。
いのちがなくなったら万事終わりである。
よろこびも、楽しみも、うれしさも、悲しみも、
いのちあってのことである。

鳥のまさに死なんとするやその声悲し、
人のまさに死なんとするやその言うよし、
といわれている。

いのちこそ人間の基本である。

生きている以上は力がいる。
金力、体力、腕力、知力、権力、学力、動力、
生きるための守りはすべて力である。
しかし、その力があっても、自由自在に
使えなければ何にもならない。
力を使う自由が尊い。

続く
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# by ryukoin | 2007-04-22 00:38 | 鏡ー生きるための反省
自分の心をうつす鏡、それは宗教や修養の道である。
鏡は自分の顔をうつす。
姿をうつす。人相をおしえる。
その人相には自分の持つ徳、不徳
わがまま心、これをこのままうつす。
よい姿が表れることを願うなら、
自分をみがき直す他はない。

自分が立派になれば生きる自信もつく。
ところが世の中には自分はなおさない。
自分を本当に知ることさえ出来ない人が多い。

本当の宗教は神仏にすがることではない。
宗教によって本当の自分を知ることである。
自分を見直すことである。
自分をたたき直すのが宗教の力である。
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# by ryukoin | 2007-04-09 19:09 | 鏡ー生きるための反省
毎日つれて歩いているのが自分のからだである。
しかもその重さを自分だけは感じない。
体重計にかかって自分の目方を教えてもらう他は無い。
結局人間が一番わからないのは自分のことである。
そこで録音テープがいる。鏡がいる。体重計が入る。
それで自分のことがやっとわかる。

人間には反省がいる。
忠告をきく必要がある。
教えてもらう。鍛えてもらう。
それが自分の実力を知る道である。
自分の足らないのを教えてもらう道になる。

つづく
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# by ryukoin | 2007-04-06 10:18 | 鏡ー生きるための反省
人間は他人の事に気を使い過ぎる。
そのくせ自分の欠点に気づかない。
反省する美しさが少ない。
どんなに鼾(いびき)の大きい人でも、
自分の鼾を自分で聞く事は出来ない。

録音してもらって、目が覚めてから聞く他は無い。
自分の目に一番近いのが自分の顔である。
しかし、どんな人でも自分の顔の本物を見た人はいない。
鏡に映った顔をみるだけである。
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# by ryukoin | 2007-03-28 08:15 | 鏡ー生きるための反省

どうも変だ 快適の理②

糸がゆるむ。
琴も三味線もバイオリンも快適な音は出ない。
変な音になる。どうしても糸は張り切らねばならない。
はりきった後に快適な調子が出る。
高低の変化も生まれる。
音の妙味が出てくる。

人間の心がゆるむ。
そこに調子の悪さが生まれる。
一切の出来事は心の鏡である。
面白いほど調子よくなりたいと願う。
それなら心をいら立たせないこと、
明るく豊かに張り切っておくことである。

心のはりは生活のはりから生まれる。
仕事の片付け方、運び方の良否から生まれる。
あくまで心の調整を快適に保つ。
これが人間、快い運命の基本となる。
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# by ryukoin | 2007-03-27 07:20 | 鏡ー生きるための反省
おかしい。どうも変だ。テレビの映りが悪い。
こういう時はきっと中に悪いところがある。
無理なところがある。
その場合、そのままではすてておかない。
どこだろう。なぜだろうと研究する。調べる。
ついに悪いところが見つかる。それを直す。
快適に成るまで直す。

これがテレビ、自動車、飛行機の場合である。
物理、科学の世界である。
どんな小さな狂いも見逃さない。無理も許されない。
これが学問、発明の世界である。
この1つ1つの正確さが永年つみ重ねられた。
そこに文明のめぐみは花咲き実った。

ところが運命の世界はそうではない。どうも変だ。
することなすことが食い違う。
訪れた人が留守、帰りに電車に乗り遅れた。
今日はついていないと立腹する。
暗い心でいらいらする。

それでは反省がたりない。研究もたりない。
変だ変だで済ます。
それではたしかな積み重ねにならない。
この不確実を幾年も積み上げる。
そこに運命の計算の狂いが生まれる。
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# by ryukoin | 2007-03-26 16:07 | 鏡ー生きるための反省